Social Eye

2020年2月 4日 (火)

東京neoミニマリスト

「大きいことはいいことだ」と言われていた時代があった。森永製菓が発売したエールチョコレートのCMソングの歌詞の一節である。今でも、森永製菓のMorinaga Digital Museum に次のような内容で掲載されている。

【エールチョコレート】

大きいことはいいことだ〜時代を映したヒットCM〜

昭和39年(1964)10月にアジアで初めて開催された東京オリンピックは、昭和40年代の日本の高度経済成長を世界中に知らしめるには絶好の幕開けとなる出来事だった。国民所得の急激な上昇による国民生活の変化は、西洋菓子市場では華やかなチョコレート合戦となって現れ、大手メーカーがヒット商品を競った。

森永は昭和39年1月、ハイクラウンチョコレートを発売し、業界にいち早く「質の時代」を開いたが、昭和40年代に入り、カカオ豆の輸入価格が下がってきたタイミングをとらえ、昭和42年の目玉商品として大型の板チョコ「エールチョコレート」の発売を決めた。

広告企画会議では、商品コンセプトである「従来の板チョコより一まわりほど大きくて値段は50円のお徳用」を、どのようにインパクトのある広告に展開するかが検討された。さまざまな議論の末、「今までの日本は、小さな幸せ、慎ましやかな幸せが美徳とされてきた。これまでにない速さで経済大国の道を歩みつつあるこれからは、もっとのびのびと胸を張って、大きいことはいいことだと主張しよう」という方向が決まった。そうして誕生したコマーシャルが、当時、型破りでひょうきんな指揮者として人気を博しつつあった山本直純を起用した「大きいことはいいことだ」のテレビCMだった。

経済の上昇気流に乗った日本を象徴するように、気球の上から1300人もの大群衆を指揮する山本センセイ…。ヒットするCMの裏には、キャラクターの魅力とともに、時代を的確にとらえた視点とメッセージがある。

以上、https://www.morinaga.co.jp/museum/

 

時代は変わり令和となった今、CMこそないが「小さいことはいいことだ」という暮らし方に都心で生活する若者からの注目を集めており、既に各種メディアで取り上げられている。

新聞記事の見出しは、「わずか3畳『極狭物件』無駄ない生活、若者に人気」、「広さ9平米の快適アパート スマホ生活これで十分」など、3畳一間のアパートで快適な暮らしをする若者に関する記事として紹介されていた。このような暮らし方が注目され始めたという事は、狭小物件に目をつけ供給し始めた企業があるという事に他ならない。ネットで調べてみると、狭小アパートを専門にした不動産企業や、狭小物件を新たに開発し、投資家向け物件として供給する企業も存在した。ある企業は、英国BBCのニュースで「The arm’s-length flats of Tokyo」として紹介されていた。海外メディアのニュースソースにもなる程、目新しい暮らし方だ。

不動産投資の観点から捉えると、都心の狭小地活用が最大のメリットだ。狭小地でアパートを建てた場合、部屋数が十分取れないため、不動産投資としては十分な利回りが期待できない。従って、アパート利用には不向きである。しかし、狭小アパートにするのであれば、話は別だ。通常二階建てで、20平米の1DKを4部屋しか取れないところ、3畳の1ルームであれば8部屋取れる可能性がある。そうすることで、全室入居時の収入額が上がるとともに、利回りも確保できるという事になる。あるネットの記事によると、入居率は99%を超えており、入居が決まるまでの時間も募集から2週間と記されており、通常の賃貸住宅と比べると魅力的な不動産投資物件である。

一方、狭小アパートでも生活が成り立つし、需要があると考えた企業はどこに目を付けたのか。それには、狭小アパートで生活が成り立つ理由を考えれば、ある程度理解することができる。

先ず、テクノロジーの進歩に支えられた新サービスの拡大が無関係ではない。端的に言えば、現代の暮らしには、これまで生活必需品と言われた三種の神器は必要なくなった。洗濯機はコインランドリー、車はカーシェア、その他デジタル家電(テレビ、DVDレコーダー、デジカメ等)は全てスマホで賄える。

また、都心にはコンビニエンスストアが数多ある上、そこにないモノはAmazonやメルカリを利用すれば全て揃う上、家まで届けてくれる。都心に暮らす若者にとっては、スペースを犠牲にしてでも、好立地に住むメリットを享受したいはずだと考え、そこに勝算を見出したのだ。

既に狭小アパートに住む入居者の声を拾ってみると「古くなったものは捨てればいい。クローゼットがなくても特に困らない。お風呂につかることもないのでシャワーブースで十分。狭いからエアコンをつければ、すぐに最適な温度になるし光熱費の無駄も省ける。食事は外食か、冷凍食品を買ってきてレンジで温めるだけなので、調理器具は一切いらない。テレビも洗濯機もいらない。」等々、狭小アパートに住んでみて特別困ったようなことはなく、むしろ新しい暮らし方を楽しんでいるように見える。新宿駅、恵比寿駅あたりであれば、20平米1ルームのマンションで12万円以上。これに対し、狭小アパートは6万円前後で見つかる。この金額差は大きいし、何よりも好立地に住めば交通アクセスが良く、移動に費やす時間も費用も減らす事ができる。毎月のランニングコストのメリットは大きい。

このような暮らし方をする若者を「東京neoミニマリスト」と名付けておく。いわゆるミニマリズムを体現する者ではない。あえて定義するなら「都心に住むことで得られるベネフィットを最大限享受するために、居住スペースを犠牲にし、ミニマリスト的生活様式になった生活者」という事になる。

「東京neoミニマリスト」は、不動産開発業者のイノベーションによって、創り出された新しいライフスタイルの1つだ。東京都の地価がこれから下落することは望めないのだとしたら、若者の財産は環境への変化対応力だ。居所・寝床が狭くても、一歩外に出れば世界で最も機能性に優れた街の中にいる自分がある。そう思えば、都心の好立地の狭小アパート程快適な暮らし方はないのかもしれない。

私たちは、何かを犠牲にすることで、新しいモノゴトを手に入れられるものだ。スペースばかりではない。自分の発想が狭小化していることに気づいたら、思い切って何かを捨ててみる事もいいかもしれないと考えさせられた。

 

DEN

2019年11月 5日 (火)

国破れて(衰退して)山河あり ~急速に山林に飲み込まれていくニッポン~

 近年、野生動物(特にサル、イノシシ、シカ、クマなど)が人家付近まで進出し、食べ物を奪ったり、ゴミ取集場を漁ったり、農作物を食い荒らしたといったニュースを耳にすることが多くなりました。ヒトに危害を加えて大けがをさせ、地元のハンターに駆除されたというものも多々あります。野生のサルは、以前から人間の居住地域や観光地などで見かけることもありましたが、最近ではイノシシやシカも居住地域に出没するようになり、農作物への新たな脅威となっています。イノシシは豚コレラの媒介主とも言われており、人間の食糧生産や養豚事業にも暗い影を落としています。

 2019年は、特にクマの出没という話題が多かったように思います。北海道では札幌市内の住宅街にヒグマが出没し、知床ではヒグマが観光地に頻繁に出没し、現れたヒグマに餌を与える観光客が動画投稿サイトに上がっていました。本州でもツキノワグマの目撃例が後を絶たず、以前よりも人間の居住地に近い場所にまで現れています。

 

 野生動物が身近なところまで出没し始めた原因としては、野生動物の食糧事情により、食料が潤沢で容易に手に入る農地や居住地に進出してきているというのが一般的な見方ですが、最も大きな要因は野生動物の個体数が大幅に増加しているということです。 これは狩猟人口の高齢化、山林を管理する林業の人口が激減していることによる森の放置があげられますが、実は獣の捕獲頭数は右肩上がりで、捕っても駆除しても個体数は減るどころか増えているのが現実なのです。特に強い繁殖力をもつイノシシは、もの凄いペースで増えています。人間が見放した山林では自然が一気に回復(人工的なものが風化)し、爆発的に野生動物が増えて、今や手が付けらない状態なのです。

 

 なぜ、このような状態になったのでしょうか?

 これまでは、人間が長い時間をかけて山林を伐採して住宅地や農地にし、さらに鉄道や道路、堤防やダムなどを建設することで、人間が住みやすいように、便利になるように、自然界を改造してきました。これにより山林の生態系が破壊され、動物が食料を見つけにくく、住みにくく、子孫を残しにくい環境となり、多くの野生動物の個体数が激減しました。一部の種は絶滅か絶滅危惧種となるまで追い込まれました。このように自然を人工的に改造することで、野生動物を山奥に追い込み、人間が彼らの脅威にさらされず、存在を意識することない生活を獲得することにつながっていました。

 しかし、人間の活動の主領域が都市部に移動し、さらに第一次産業(農林業)が衰退したことによって、多くの山林が野生動物に実質的に“返還”されることとなり、破壊した自然が回復しはじめ、野生動物の個体数が増加に転ずることになりました。増えたのは古来からの人間の領域には近づかない警戒心の強い野生動物だけではなく、人間の領域も重要な食料調達場所として認識して、警戒心が比較的希薄な新しいタイプの野生動物達も現れました。自然の厳しい環境の中で、少ない食料を奪い合うよりは、多少のリスクはあっても食料となる農作物や食料ゴミが簡単に手に入る人間の領域を選ぶ個体もあり、特にイノシシやシカはその傾向が強いようです。

 

 人間の都市が野生動物の脅威にさらされていた時代は、都市が拡大し自然を侵食し始めた江戸中期から明治まで遡ることになります。そこは、人間が夜でも安心して暮らせる都市部と、野生に隣接し夜になると野生動物の脅威にさらされる都市を取り巻く郊外エリア、さらに人間が入りこむことが難しい野生動物が主役のエリアに分かれていました。都市部は夜でも安全ですが、それ以外はなんらかの方法で人間の安全を確保する必要があります。

 例えば、富士山や世界遺産に代表される歴史的建造物を中心とした観光地は、都市部から離れ山林に囲まれているので、野生動物の領域を隣り合わせです。これらは、安全に観光できるように、野生動物から観光客を守るための仕組みや人員を配置することになります。そのためには多額のコストがかかるため、維持メンテナンス料金を徴収することになるでしょう。また、キャンプや釣り、登山など鬱蒼とした山に入るという行為は、野生動物との遭遇や襲撃リスクが非常に大きくなります。現在でもクマ出没などの看板も見られます。登山者はクマ除け鈴などを付けて安全に気を使っていますが、滅多に出会うことはないだろうという潜入感が先行しています。しかし、クマの個体数が増えれば、クマ除け鈴だけでは危なくて山には入ることはできなくなるでしょう。避暑地にある高級別荘地もほとんどが山林に囲まれ他エリアにあり、シカやイノシシの被害は深刻だといわれています。

 2019年は台風に猛威にさらされた房総半島もイノシシの被害が深刻な地域で、特にタケノコや山菜などはほとんど食い荒らされている状態です。今回の台風被害で山里近くの宅地を放棄するする人が多くなれば、これらもやがて森に還っていくことになります。

 東京都でも郊外に行けば多摩丘陵の深い森が近い場所も多く過疎化が進行している地域もあり、それらはやがて限界集落になり廃墟と化して、自然に飲み込まれるでしょう。

 自然に飲み込まれた地域は、人が住むには適さない常に野生動物の危険にさらされる環境となり、自己防護手段をもたない服装や装備で踏み込めば、命の危険を覚悟しなくてはならない世界となるのです。

 

 この「日本列島の山林化」ともいえる現象に対する有効な対策として、スマートシティによる共存を考える人は多いのではないでしょうか。スマートシティは、エネルギーの自給や効率的なモビリティが配置されるなど、人間の住みやすさや安心を追求したもので、「進撃の巨人」にでてくるような防壁で囲うことで獣害への対抗策となります。しかし、獣の侵入は食い止めたとしても、「日本列島の山林化」はスマートシティの外で進行するので、マクロ的な観点では効果は限定的で、人間の安全は確保されても十分な食料が供給されないというような事態も考えられます。そういう意味では、今後はスマートシティコンセプトだけでなく、水、飼料、エネルギーを自給でき獣害から農作物や家畜を守る「スマートファームランド」、「スマートランチ(牧場)」なども必要になります。

 

 「日本列島の山林化」を食い止める最も有効な対策は、皮肉なことですが、人間がこれまで行ってきた山林を収める手立てを講じて、自然界における個体数増加機能を人間の管理下に置くこと(つまり人間の活動領域とすることで、自然を人間の都合のよいように改造すること)しかありません。要は人工的な開発を行って自然にダメージ(環境を破壊する)を与えるということです。過去にこれができたのは、急速に人口が増えていたことと、欧米列強に追いつくために急速に近代化、工業化しなくてはならない国家の事情があり、それらが自然を破壊し、野生動物の脅威を抑止していたのです。しかし、今の日本の経済状態、樹木の需要、日本の人口動態や高齢化の進行を考えても、山林を切り拓く必然性がなく、山林の整備に投入するお金や人員は、減少することはあっても増えることはないでしょう。経済発展の行きつく先として、国内の一次産業に頼らない産業構造と都市部を目指す人の流れ、そして人口減少によって、拡げ過ぎた人間の領域を自然界に還すという極めて自然な行為が行われているにすぎないのです。

 

 人間がその叡智による科学力で、野生動物を屈服させて森の奥に追いやり細々と暮らすことを強いてきました。しかし、人間が日本国土を我がものとして謳歌した時代はすこしずつ終わりに近づき、野生の脅威に正面方向き合っていかなくてはならない時代が再び始まりました。これからは、特に山間部では銃器やナイフなどを携行することが当たり前となり、鳥獣保護の法律も大きく見直されることになるでしょう。それでも増えはじめた個体の増殖を止めることは容易なことではなく、やがてかつてあったような壮大な“手つかず”の森が再生されることになります。

 内閣府の人口予測によると、2060年には8674万人になるとされています。人口減少と並行して都市部への人口移動が加速し、不要になる約4000万人分の居住エリアは、限界集落を経て自然に戻ることになります。その頃には、8500万人が住めるだけの居住地と大都市間の往来や事業活動にかかわるインフラが人間のものとなり、残った国土は人間が容易には踏み込めない深い森と、野生動物が支配する領域になるのです。

 

マンデー

 

2019年6月11日 (火)

従来型マネジメント手法で「ゆとり世代」の力を引き出すことができるのだろうか?

 2018年春にゆとり世代といわれた新卒者が社会にデビューしてきました。ゆとり世代は、俗に言う「ゆとり教育」の最も「ゆとり」があったとされる時期に教育されてきた層で、これから8年間継続して社会にでてくることになります。

 ゆとり教育とは、知識量偏重型の教育方針を是正し、思考力を鍛える学習に重きを置いた経験重視型を基本として、学習時間とカリキュラムの内容を減らし、ゆとりある学校を目指して鳴り物入りで導入されました。しかし、時間的な拘束の緩さや学問の理解に無理のあるような極端すぎる緩和によって、学力の低下懸念だけがクローズアップされ、批判の的になりました。その後批判に耐えられなくなった文科省が見直しを決め「脱ゆとり」を図ってしまったため、実際の効果は検証できぬままとなってしまいました。

※ゆとり世代がいつからいつまでなのかには諸説があります。段階的に詰め込み教育の緩和が行われてきためですが、一般的にはカリキュラムの緩和が一気に進んだ、2002年度から2010年度にゆとり教育を受けた1996~2003年生まれの世代を指すことが多いようです。

 

 「ゆとり教育」の本来の狙いは、「生徒自身で考える力を養うこと」にありました。それ以前の詰め込み教育では、大学入試の突破を目標に、暗記メインで「とにかく知識を増やすための指導」を行ってきました。それにより試験の点数の平均は上昇しましたが、暗記したことをすぐに忘れてしまったり、詰め込み過ぎで授業についていけない子どもが増加したりなど、様々な問題がありました。「受験戦争」等の言葉も生まれ、少しでも偏差値のよい大学に入学することが正義だと言われた時代でもありました。

 この反動として、「生徒が自分で考え、学習内容を正しく理解して覚えられる」ように、詰め込まれていたカリキュラムを精査し、授業に余裕(ゆとり)を持たせるような教育が求められ、「脱詰め込み」を目指して学習指導要領の改訂が行われました。授業時間の削減、休みの増加が図られ、ゆとりある学校生活に変わり、2002年度では、生徒が自発的に学習を行う「総合的な学習の時間」が導入されるなど、より思考力を養うための学習内容に改訂されました。

 その結果、実際に、子どもが自ら考える力が向上し、それぞれの個性を伸ばすことができたなどの声が一部の識者から挙がりました。しかし、ゆとり教育導入後に「国際学力テスト」の日本の順位が下がったなどとして、「ゆとりを持たせたことで学力が低下した」との批判の声も少なくありませんでした。その結果、2000年代後半にゆとり教育での授業内容や授業料を改めた「脱ゆとり教育」が掲げられるようになります。そして脱ゆとりをテーマとした新たな指導要領が、2011年度(小学生)から実施され、現在に至っています。

 

 ゆとり教育を受けた世代(俗に言う)「ゆとり世代」の弊害としては、「仕事よりもプライベートを重視する」、「対人コミュニケーションが不得意」、「指示がないと自分から動かない」、「挫折から立ち直れない」、「物欲がなく、物への執着が薄い」、「恋愛や結婚への興味が薄い」などが挙げられていますが、確たる評価が固まっているとはいえません。特に、「ゆとり世代」がビジネスの世界に本格的入ってくるのはこれからなので、本質的な検証が始まったばかりといっていいでしょう。

 ゆとり教育の本来の目的が達成されていたとすれば、「考える力」が向上した人材が育まれているはずであり(それ以前の詰め込み型で教わった世代は、考えるよりも憶えることに長けた人材であり、考える力の不足、応用が効かないなどが指摘されている)、そういう意味では、「ゆとり世代」こそが、これからの時代に必要な能力を持っている可能性を秘めています。

 

 さて、これから続々と「ゆとり世代」を迎えることになりますが、受け入れる側の企業はどのように接していくべきなのでしょうか?気になるのは、現在のマネジメント層は従来型の教育方法で育成された人材集団であり、旧来型の価値観による職業観、働くことの精神論や手法によるマネジメントしか経験したことがないという点です。また、これまでのマスコミ報道などから、どうも「ゆとり世代」は問題が多いらしい・・・、という考えが定着しつつあり、無意識に「ゆとり世代」を否定する考えが定着している可能性があります。下手をすると「ゆとり世代」の持っている能力や個性をつぶしてしまうことも考えられます。

 現在はVUCAだと言われています。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとったものですが、正に安定したものが何一つないような時代のことを指しています。このような時代においては、予めやるべきことを決めてそれを遂行することが求められるような従来型アナログ的マネジメント(いわゆる個々の価値を平均化した総和による組織価値向上)では通用しません。高度な柔軟性と迅速性を持った個人によるパンデミック的な価値向上が、組織全体をグイグイ吸引していくような圧倒的な組織価値向上につながっていくような、その場の状況に合わせて“考える”コミュニケーションを誘発させるようなデジタル的マネジメントが必要です。

 

 今のビジネスの世界は、これまでにない大きな環境変化に直面しています。働き方改革や、ビジネスそのものの急速なデジタル化によって、労働環境だけでなく労働に対する考え方まで大きく変わりはじめました。そして追い打ちをかけるように、全く新しい教育価値の中で育ってきた「ゆとり世代」の登場で、さらに揺れることでしょう。これまでは、企業への帰属時間(労働時間)の対価として報酬を得るという考え方でしたが、あらかじめ合意した期待される価値の提供や発揮によって報酬を得るという考えが導入されつつあります。この流れは一過性のものではなくグローバルではスタンダードになりつつあります。

 

 時代は、現在の管理職に対してマネジメントへの意識と手法を大きく変えることを求めており、実は、従来型の詰め込み教育を受けてきた世代にこそ大きな変化を求めているのかもしれません。

ものの本によれば、今後10年の間に、ITによって1人のマネージャーが世界中に散っている100人以上の部下の能力を引き出すマネジメントを行うようになる、そのようなマネジメントスキルと持った人材だけがマネージャーと呼ばれ、高給で処遇されるようになる、とありました。人間は誰でもこれまで慣れ親しんだものを捨て去るのは得意ではありません。しかし、働き方改革後の新しい就業パターンに対応するマネジメントや「ゆとり世代」に代表される新しい価値観を持っているであろう人材群に対しては、これまでのリアルさに頼るマネジメントから脱却する必要があります。いつも顔を合わせなければマネジメントはできないということであれば、到底100人以上のマネジメントはできないでしょう。

 ゆとり世代の登場は良い機会です。本当のダイバーシティをめざし、様々な個性をもった人材から最大の能力を引き出す本当の意味でのマネジメントスキルをもったマネージャーが求められるタイミングなのでしょう。

 

マンデー

2019年4月26日 (金)

無縁化する日本

<広がる社会問題 無縁化する日本の実態を垣間見る>

国立社会保障・人口問題研究所は、2040年までの世帯数の将来推計を公表した。

2040年には世帯主75歳以上世帯が1217万世帯、全体の4分の1を占める。その中で独り暮らし世帯も500万人を超える。国として社会保障や生活インフラを変革することを迫る数字である。しかし、この数字をマクロトレンドとして捉えているだけでは、社会問題として捉える事はできない。この実態を目の当たりして最初に思い浮かんだことは、独居老人が一人で暮らす不安から、一人で死を迎える不安に変わっていくのではないかということだ。平成から令和へと元号は変わる中、この社会問題は深刻だ。

NHKの取材によると、2017年の無縁死(誰にも看取られず1人亡くなる人)の数は約3万2千人。その多くは、単身者である。更に3万2千人の無縁死のうち、身元不明者は1,000人近くあったという。身元不明の遺体については、警察、自治体が調査してもその身元が掴めない。その結果、こういった無縁死を遂げた亡骸は「行旅死亡人」と呼ばれる事を知った。私達が気づかないうちに広がっていた無縁死は、これからも広がる可能性が高い。どうしたらこれをくい止める事ができるのか。国の社会保障やインフラ整備を待っている間にも、無縁死は確実に増えていく。

「行旅死亡人」は、行政が日々官報に報じていくが、行方不明者の捜索でもしていない限り、官報を気にかける人はほぼいない。一方、無縁死によって亡くなった方の身元がわかったとしても、兄弟や親戚が遺骨を引き取ることを拒むケースが少なくない。

それを証明するかのように、特に都市部では、特殊清掃業者の仕事が増えている。特殊清掃業者は無縁死した人の屋内清掃、送骨(遺骨を合同供養してくれる寺へ送ること)等を引き受けている。特殊清掃業者への依頼主は、行政や、無縁死した家族・親戚縁者である。

無縁死の問題の本質は、無縁社会に生きている1人ひとりの生き方の問題でもある。その原因を探っていくと、家族や、会社とのつながりを無くし、孤立する人々の姿が浮き上がってくる。都会に出たまま故郷に戻れずに、無縁死するケースや、無縁死した後、兄弟などが遺骨を引き取り埋葬する余裕がなく、遺体を医大に献体するケースがあることなどがNHKの取材記録に残されていた。

その一方で、頼れる家族がいない人達があるNPOに殺到している。一人で死を迎えることに不安を抱える人達である。家族に代わり、亡くなった後のことを整理してもらうために、自分の死亡時、死亡後の埋葬等を含め、どのように対処してもらえるかに関する生前契約を行う。生活に余裕がある人であっても、不安を感じて契約する人が多くいるそうだ。ある地域にあるNPOでは既に5千人近くの契約者がおり、最近は50代の契約希望者もでてきているという。

これ以外にも、合同墓地の生前契約もある。他の例では、孤独死を嫌い60代から有料介護施設に入居する人もいる。どのケースもその本質は、一人で死を迎える事への不安と寂しさがあらわれている。

あらためて、老後の不安は、一人で暮らす不安から、一人で死を迎える不安に変わってきた。

この問題を根本から解決することは難しい。しかし、まずこのような実態があると知ることからはじめる事が社会問題を我がこととして認識する上では重要だ。無縁死、否、無縁社会を許す国であって良いのか?もっと自分たちにできることはないか。誇れる国と人生にするために考え行動を起こせば、無縁社会は変える事ができると信じたい。

Reiwa1.0

2019年3月22日 (金)

Digital デオクレ業界

海外旅行に行くと、ライドシェアの利便性に真っ先に気づく人も多いのではないか。ライドシェアが普及している国であればどこでも同じサービスを利用できる。まず、行き先を決め、ピックアップしてもらう場所を決めれば、到着地点までの料金を予め確認でき、渋滞で想定時間以上に時間がかかったとしても料金は予め確認した料金しかかからない。

更に、配車される車の車種、ナンバー、運転手の顔写真も事前に確認できるので、配車される車を間違えることもまずない。加えて、利用後には運転手の評価を促す画面がスマホに出てくるので、運転手は顧客満足度を上げておかないと自分の評価が低くなり、利用者から選択されないことにもなりかねない。そのため、運転手はサービス品質を一定以上に高めようとする動機も働く。まさに、運転者と利用者とシステム提供者の三方よしの形になっている。しかし、日本ではそうはいかない。道路運送法上「旅客自動車運送事業」を営むには国の許可を得ないと営業できない規制があるためだ。まさに、ライドシェア事業者にとって、日本市場の参入障壁は高い。

日本はデジタル時代への対応の遅れが、日本の生産性が低い問題に波及していると言われている。先日、日本の賃金水準が世界に劣後しているとの見出しが日経の一面を飾っていた。背景にあるのは、労働生産性の低さであり、日本の企業経営が賃上げに慎重であったことが裏目に出たとの指摘である。低賃金政策を続ける事で、生産性の低い仕事のデジタル化が進まず、付加価値の高い仕事へのシフトが進まなかった事が主要因だ。生産性も上がらず賃金も上がらない負のスパイラルである。この状況を打破したければ、賃上げショックを与えてでも生産性を上げるべきだとの主張は、説得力が上がっている。しかし、日本の大手製造業が低生産性の問題を抱えているため、平均年収も簡単には上がっていかない。そんな中、大手企業からスタートアップ企業へ転職する相場が一気に上昇を見せている。スタートアップの平均年収は、上場企業の平均年収よりも凡そ100万円程高くなっている。高い年収を払ってでも見合うだけの生産性を実現しようとする、スタートアップ企業=経営者と投資家の意思がうかがえる。いずれにしても、日本はデジタル化に向けた改革を全産業で進め、より高い生産性を追求すべきだ。

さて、話を元にもどすと、ライドシェアの利便性を享受出来ない日本では「旅客自動車運送事業」の運賃ルールを見直す動きが出始めた。あくまでも運賃ルールという名目である点が気にはなるものの、従来とは違うやり方による運賃改定である。国土交通省が主導し、乗車前に運賃を確定するサービスを全国で解禁するというものだ。これは、海外でライドシェアを経験している人から見れば、市場開放を避ける手段に映る。ライドシェアの優位性は、個々の運転手のサービスクオリティを担保する仕組みが機能していることにある。国土交通省も今回の取り組みを運賃ルール改定だけで終わらせるつもりはないのではないか。ライドシェア市場開放に向けた最初の布石なのであれば、日本の交通サービスにも大きな変化が訪れることが期待できる。将来、仮にライドシェア市場が開放され利用者が増えれば、他の交通機関にも影響を及ぼす可能性がある。既に、英米ではライドシェア利用が増えたことで、公共共通機関の地下鉄利用者減といった影響が出始めている。この結果を踏まえ、公共交通機関も根本的な生産性向上策を考えねばならなくなっている。まさに、デジタル時代の交通サービスのあり方を問い直す革新期に突入したと言える。日本においてもデジタル時代の交通サービスの革新に向け、ライドシェアの民間参入を認める規制緩和は欠かせない。Digitalにデオクレた業界の1つであるタクシー業界は、今後どこまで変わっていけるのか。市場開放無き運賃ルール改定に留まっていては、生産性向上は望めない。自ら規制の枠を取り払うことを受け入れ、デジタル時代の新しい交通サービスを日本に普及してもらいたい。

DX+

2019年2月 5日 (火)

農家を金のなる木にするためには・・・

 ここ最近、ほとんど目にすることがなくなった言葉に「食料自給率」があります。数年前のTPPへの参加是非で大騒ぎだった頃には、日本の農業が壊滅するだのと激しい論争が戦わされましたが、そのTPP反対派の拠り所になっていたのが、食料自給率でした。食料自給率を改善するには、農業従事者の増加に加え、農業従事者の若返りが急務ですが、職業としての農業は若者からは見放されて久しく、今後農業に飛び込んでくることはほとんど期待できないでしょう。

 農業、畜産業に代表される第一次産業の人気が無いのは、最先端であるようなイメージもなく、どこかカントリーを感じさせる雰囲気、なによりきつい肉体労働であること、そしてほとんど儲からないことなど、若者が魅力を感じる要素がほとんどない職業だからです。

 元々社会が発展するに従い、第一次産業就業者から高付加価値産業と言われる職業従事者のシフトが始まるのが経済学の定石ですが、人が生きていく上で絶対に無くならない、「食べる=エネルギー補給」という最も根幹部分を供給する産業が壊滅寸前というのは、国家にとって憂慮すべき事態ではないでしょうか。

 ここ数年で注目されることが多い大間のマグロ漁師なども高齢化は深刻です。一本釣り上げたら百万以上の実入りがあると言われていますが、そのようなケースは稀で、入漁期間や漁獲量の制限、操業できるのは天候次第などの収入の不安定さ、荒海に出て操業する危険と隣り合わせの職業であり、若者に人気があるとは言えません。これら第一次産業を人気の職業にすることはできないでしょうか?

 ここでは農業を中心に、若者が続々と飛び込んでくるような策を考えてみたいと思いますが、わかりやすいのはネガティブに感じる部分を払拭することです。

 まず、きつい肉体労働である点ですが、GPSやAIなどのITによる農業機器の発展で、機械化できる範囲が確実に増えており、以前よりはきつさは緩和されてきています。特に労働集約型の仕事のきつさ度合いは、得られる対価によって変わってきます。後述する方法で農業が儲かるビジネスに変貌すれば、労働の対価として高額な報酬が期待できる高収入職業ということになり、きついから従事しないというマインドは希薄化されることになります。

 次にほとんど儲からないという点についてですが、農業が儲からない要因は大きくわけて2つあります。一つ目は、生産者に価格決定権がないことです。価格は需要と供給のバランスで決まりますが、農業にはこの図式が当てはまりません。製造業であれば標準小売価格(またはオープン価格)は生産者が決めます。しかし農業は、JAを通して出荷することがほとんどで、その場合は一括してキロ○○円という形で買い付けられることになりますが、その際の買値は、買い付け側が市場の状況を見て決めることになります。生産者が○○円で売るという希望が反映されることはありません。

 このような仕組みができあがったのは、農家が個別に営業(販売)する機能を持たなかったため、地場のJA(旧農協)が農家をとりまとめて営業機能を一手に引き受けたことにあります。営業だけでなく、農家を支援するという大義の下で、農家にとって面倒な業務である、物流(市場までの配送)、金融(現金化)業務も代行し、さらには農業指導、共済事業や物販まで担うようになり、JAに任せておけば大丈夫というような広範囲なサービスを提供するようになりました。これによって、農家は生産活動に集中できるようになりましたが、その代償として価格決定権を放棄(JAに委ねる)することになったのです。

 JAでは生産した物を、基本的には総量買い付けするので、生産者は在庫や売れ残りの心配が無いことなどのメリットがありますが、極めて安く買い付けられてしまうこと、一括して同価格での買い付けになるので、個々の農家が努力して品質のよいものを生産したとしても、その努力や工夫が報われないという結果になり、農業を儲かりにくい産業にしてしまいました。実際に、最終的な小売価格は小売業が店に並べる値段となりますが、生産者が出荷した価格よりも数倍以上の価格が設定されることになります。

 もう一つは、日本の消費者の知識不足があります。国内の農家が育てた農産物は、諸外国産の農産物に比べて格段に安全で高品質であることの実態を知らないと言うことです。単に無農薬や有機農法ということではなく、農産物の生産に欠かせない豊かできれいな水、汚染が極めて少ない空気や土壌がもたらす環境が、日本の農産物の品質を高めることにつながっています。しかしコストに敏感な消費者は、国産よりも価格の安い(農水省の基準を満たした農薬や肥料を使用した)外国産の農産物が大多数を占めるようになっています。国産は「良い品物であるが高い」という部分の、「良い品物」のレベル感が外国産とは比較にならないということなのですが、日本の消費者はその点を理解して高い国産を買えばよいのですが、そうはならないでしょう。

  この2点をクリアすることができれば、日本の農業は一転して儲かる産業に変貌することになります。その方法とは、生産者がJAなどを通さず直接販売すること、そしてその販売先として海外の富裕層をターゲットにすることです。直接販売(直販ルート)は手間がかかりますが、価格決定権は生産者側にあり自身の生産した農産物の品質に見合った価格設定が可能になります。

 また、海外の富裕層は日本の高品質な農産物のことを日本人以上に知っており、高い価格設定でも喜んで買っていきます。まずは、中国の富裕層をターゲットにするとよいでしょう。一説には中国には3000万人以上の富裕層といわれる人たちがいると言われています(日本の人口の25%に匹敵する富裕層が存在しているというのは驚くべきこと)。彼らは自国で生産される農産物の危険性を知っており、ほとんど口にしないといいます(自国の農業環境は、土、水、空気のすべてが汚れており、そこで生産される農産物は危険だという認識)。その点、日本などで生産される農産物は安全高品質なので、プレミア価格で取引され富裕層や高級レストランに運ばれているのです。その量は富裕層の需要には全く対応できていないので、中国人バイヤーが日本で直接買い付けることもあり取引価格は過熱気味です。

 例えば、日本の和牛は中国でも大人気で高い価格で取引されています。しかし、日本から中国へは牛肉の輸出はできません。これは過去のBSE騒動の名残で、中国政府が全面的に輸入禁止措置をとっているためですが、中国の食肉マーケットには日本産和牛が並び、高級レストランでは”WAGYU”は人気食材になっています。輸入制限を回避するために、日本からカンボジアに輸入し、そこから中国に持ち込むというルートで取引されます。この方法では物流コストは跳ね上がることになりますが、安全で美味しい日本の食材には金を惜しまない、それが富裕層の考え方なのです。

 このように農家が海外の富裕層向けに直接販売していくことで、日本のJAに出荷するよりも遥かに高く販売することができるようになります。直販はインターネットでの販売により、誰でも容易にできるようになりました。物流は現代の物流業者のルートに乗せてもよし、海外専門の買い付け業者に直接販売する方法もあります。これらの方法で、日本の生産者が「直接」「海外の富裕層(またはバイヤー)」に販売することを始めれば、現在の数倍から十数倍の収入を得ることが可能となり、一気に儲かる産業に変貌します。そうなれば新しく若い人たちが農業に目を向け始めるかもしれません。

 なお、農地のある田舎でしか就業できないという点もネガティブですが、今後の働き方改革でのテレワークの拡大で、都心で仕事をすることの意義はこれから希薄化していくでしょう。そうなれば田舎で就業することが強いデメリットではなくなります。デジタルネイティブな若者達が、サイバー上のコミュニケーションツールをフル活用し、相互にやりとりされる情報は物理的な距離を克服して、全く新しいアグリビジネスの姿が生まれてくるかもしれません。

 日本の農業は今のままでは、担い手の不在で自然消滅していく運命でしょう。日本の消費者の財布の紐は固く、賃金も上がらない状態では、農業を儲かる業態に変貌させるほどの値上げは許さないでしょう。もう日本の消費者の需要量や購買力では、衰退する農業を救うことはできないのです。日本の安全で高品質な農産物の価値を本当に知っているのは、自国が水不足や公害に悩まされている海外の目利き達であり、日本の消費者自身が日本の農産物の本当の価値をわかっていないというのは実に皮肉なことです。日本の農産物のほとんどが海外で売られ、日本のスーパーの棚にはTPPで安くなった外国産農産物が並ぶ、そのようなある意味ブラックな世界がまもなく現実になることでしょう。

マンデ

 

2018年11月 9日 (金)

深刻化するマイクロプラスチック問題

現在、東京湾に限らず、近海小魚腹を割けば、必ずと言っていいほどマイクロプラスチックが出てくる。海洋に漂うレジ袋、ペットボトル、更には、釣り糸や漁網も含め、これらの元製品たちが波と紫外線などの作用で5ミリ以下のマイクロプラスチックとして海中に増え続けている。ここ数年世界的にも問題視されるようになり、今年のG7首脳会議では、2040年までにプラスチック容器のリサイクル率を100%にするとした「海洋プラスチック憲章」が提案されるも、日本と米国は未承認である。
環境保全の観点から、最も問題視されていることは、プラスティックが有害化学物質を吸着する性質を持っている点にある。よって、マイクロプラスチックを食べてしまう海の生物の生態系に変化が生じる事が危惧されている。
プラスティックゴミの海洋流出が多い国の上位5か国は全てアジアの国々(中国、ベトナム、フィリピン、インドネシア、スリランカ)である。しかし、これらアジア諸国が使い捨てプラ製品の量を減らすことをすぐに期待することはできまい。これ以上のプラゴミを出さないようにするためには、使用量を減らすか、確実に回収し再利用するか、プラ製品に代わる生分解可能な素材に代えていくかしかないだろう。一日も早く、プラゴミを減らすには、プラゴミ問題の現状を世界的な社会問題化することが必要になる。そのためには、欧米諸国の政治的影響力と、グローバル企業が本腰を入れてこの問題に取り組むことが望まれる。日本では、スーパーのレジ袋の有料化策をとろうとしているが、これが解決に結びつくとは到底考えられない。ともすると、レジ袋の有料化は、プラゴミ問題ではなく、無駄排除論として受け取られかねず、地球環境を守るといった日本人のモラルに訴えかけることができずに終わる可能性すらある。日本人のモラルアップアップを伴いながら、プラゴミ問題を解決するには、日本人のモラルアップに影響力ある著名人が先導したり、代替品の素材開発を官民のプロジェクトとして始めたり、コンビニ袋を寄付金付きの再生紙に置き変えていくなど、日本人の価値観の変化を生み出すような知恵が欲しい。
ジャストアイデアになるが、デジタル化された社会問題解決プラットフォーム「「モラルアップ・クラウド」を始めてみるのもいいかもしれない。(モラルアップクラウドは、世界から影響力のある100人の賛同を集め、放置すれば環境悪化の一途を辿る難題に対し、影響力のある100人が情報を拡散する事で社会的問題を世界の人たちに意識させ、社会変化をもたらす仕組みをイメージしたもの)
プラゴミ問題は、従来のやり方では解決しないし、解決しようとすれば経済的にも政治的にも技術的にも、想像を超えた大きなエネルギーを要する。それゆえに、クラウドによるうねるの創出が求められる。社会的問題解決は、私たち一人ひとりの問題だ、成熟した日本社会であれば社会的問題を解決するうねりを生み出すことが可能だと信じ、影響力のある人たちにこの問題に関心をもってもらいたい。



クラウディア

2018年9月 5日 (水)

M&Aの行方 ~ボルボの奇跡を演出した吉利汽車のマジック~

 北欧の自動車メーカー、ボルボの業績が絶好調です。ボルボは、1924年に発足した中堅自動車メーカーで、北欧クルマ作りで個性を放ち、世界中で親しまれているグローバルブランドです。これまでに幾多の経営危機に見舞われ、大手の自動車メーカーの戦略の狭間で翻弄されてきましたが、2010年の中国企業の買収を受け入れたことを契機に業績が回復し、2017年にはついに最高利益を記録しました。世界的な自動車販売競争の中で、ボルボが奇跡的に復活できた背景には何があったのでしょうか。

 

 ボルボは、サーブ社とともに、北欧スウェーデンを発祥とする自動車メーカーで、両者とも独自の雰囲気を纏った自動車をつくる企業として、市場に認知されていました(サーブは経営破綻の後に消滅)。メジャーと言われる世界規模の自動車メーカーではありませんが、年間数十万台を販売するユニークなメーカーでした。

 1926年に自動車メーカーのボルボが誕生し、ボルボブランドの乗用車製造が開始されました。ボルボの理念は、「ボルボ設計の基本は常に安全でなければならない」というもので、安全装備の開発、事故調査の実施と設計へのフィードバックを行うこととしていますが、走行中に「ヘラジカ」と衝突しても安全であること、という北欧特有の基準を実現する開発プロセスによってもたらされるものだともいわれています。各種安全装備に関して特許公開を行い、自動車の安全性に貢献していることは有名です。

 

 そのような独自性を有するボルボであっても、自動車業界で生き残り続けるのは一筋縄ではいきませんでした。

 この言葉に触発されたわけではないでしょうが、同年代には世界規模での自動車メーカーの再編機運が高まり、大規模メーカーが続々と小規模メーカーを傘下におさめるM&Aが進められました。日本のスバルの半分の規模しかなく経営危機に見舞われていたボルボは、時代の流れには逆らえず1999年に米フォードの傘下に入りました。しかし、フォードの資本や技術、販売ノウハウなどを活用できる環境を与えられたにもかかわらず、ボルボの業績は好転することはなく、リリースされるクルマも魅力に乏しく、徐々に人気と固定客を失っていきました。

 そして2008年にリーマンショックが襲い、世界的な規模で自動車販売が落ち込みはじめると、世界一だったGMは経営破綻しました。フォードの業績も急速に悪化し、不採算ブランドの整理が必要になりました。フォードは、深刻な経営難に直面していたボルボの救済先として、スウェーデン政府に支援を求めましたが、同政府はこれを一蹴しました。買収先が見つからなければブランドの存続も危うい事態でしたが、最終的には中国の浙江吉利控股集団(ジーリー・ホールディング)手を上げ、2010年に買収されました。北欧の名門自動車ブランドが、技術力が無くパクリ天国と揶揄される中国の新興自動車メーカーに買収されたことで、名門ブランドもこれで終わり、チャイナクオリティのクルマ製造会社に成り下がるという落胆の声が多かったといいます。

 

 しかし、吉利汽車による買収から7年たった現在、ボルボは見事に蘇り、空前の業績をたたき出すまでに回復しました。ボルボの作るクルマは、質実剛健のドイツメーカーが追随するほどのコンセプト、技術力、商品的な魅力に溢れ、輸入車としては初の「日本カーオブザイヤー」を受賞するまでの存在になりました。生産が注文においつかず、車種によっては半年以上のバックオーダーを抱えている状態です。M&Aの事例としては、異例の成功を実現しているわけですが、この成功はどこからきているのでしょうか。

 

 M&A後のボルボ大躍進の要因は2点に集約されます。一つ目は、買収後に吉利汽車の販売網を通してボルボ車を販売することで、一定の販売台数を見込めたことです。ボルボ車は中国国内でも高いブランドイメージがあり、吉利汽車ではそれを活用することが成功の近道だと考えたのでしょう。これはある意味当たり前の戦略です。

 そしてもう一つの最大の要因は吉利汽車の経営スタンスにあります。吉利汽車は、買収後のボルボに多額の開発資金を提供しましたが、その資金の使い方や自動車開発内容には一切の口を出さなかったことです。ボルボのクルマはフォード傘下時代に魅力を失っていたため、再浮上するためには魅力的なクルマを開発するしかありませんが、投資した資金によって開発された新型車が市場に投入されるのは、すくなくとも数年先になります。吉利汽車は、ボルボの買収に必要な18億ドルとその後の莫大な開発資金を確保するために、自己調達の資金だけでは足りず中国開発銀行からの融資も仰いでいますが、この投資から回収が始まるまでのタイムラグに絶えるだけの心臓に毛が生えた経営姿勢には感服せざるを得ません。

 

 M&A後は、早期の投資回収など、資本効率の追求が求められるため、統合後のシナジー効果の創出という名目で、自動車の場合であれば、設計や部品の共有、基本となる車台やエンジンの共同利用が行われることが一般的です。現にフォード傘下時代には、複数ブランドでのプラットフォームの共通化が行われ、当時傘下だったマツダやボルボが同じ車台を使い、上物のボディデザインを変えて新車としてリリースするような、いわゆる効率的物作りを行い、一台あたりの平均コストを下げるという手法が行われてきました。

 しかし、吉利汽車はそれを一切行いませんでした。驚くべきことにボルボは買収された後に新型エンジンと新しい車台(プラットフォーム)の新規開発を行っています。これは現代の効率的な自動車生産とは逆行しますが、中国メーカー由来のエンジンや車台の使用をボルボに押しつけないことが、独立した技術力をアピールできる効果的な手法だと考えたのかもしれません。

 このことで、フォード傘下で好きなことができずに悶々としていた技術者が発憤したという側面もあるでしょうが、自動車開発の様式が大きく代わり、コンピュータシミュレーションの発達と部品メーカーの技術力の向上も見逃せません(ボルボは日本のデンソーと組んで、先進技術の共同開発を行っている)。

 ボルボは豊富な資金を背景に闇雲に開発の幅を拡げるのではなく、プラットフォームを一つに集約して、セダン、ステーションワゴン、SUVを作り分けること、エンジンは2000CCだけに特化することとしました。そして自社のアイデンティティである安全装備はこれまで以上に徹底的に磨き上げることとし、それらに資金を集中させることにしました。この結果が数年後に先進装備満載で、他社以上の性能を実現したボルボの基幹車種であるV40、V70、完全な新型車XC60の大ヒットにつながり、ボルボの業績は一気に回復しました。元々インテリアデザインと安全性に強いというブランドイメージがあったので、あとは魅力的な新型車がでてくれば業績の回復は当然のことと言っていいでしょう。

 

 金だけ与えて一切口を出さない。これはボルボの技術力へのリスペクトが背景にあり、ボルボなら必ず復活できるという強い自信(というより確信)に裏打ちされたものです。そして何より心臓に毛が生えた図太い精神力が必要です。大きな成功事例を聞くことがない日本の大企業によるM&Aですが、それはがあるからなのかもしれません。サラリーマン経営者は、短ければ数年、長くても10年前後で経営から退くことになります。この短期間の中でやれることは限られており、自分の任期を何事もなく全うすればいいというマインドが醸成されやすい仕組みで、これでは骨太の経営者は育たないでしょう。何より自分自身に及ぶリスクをとってまで自社を成長させようとは思わないでしょう。日本企業が見放したシャープや三洋電機(家電部門)が、新興好業績企業の力ですぐにV字回復しているのを見ると、ますますそのように思いたくなります。

 ちなみにフォードがボルボを買収したときの買収額は64億ドル、吉利汽車への売却額は18億ドルで、フォードは企業価値を3割以下まで毀損させてしまいました。今、吉利汽車がボルボを売却しようとしたら、100億ドル以上の値が付くでしょう。売約する気など全くないと思いますが。

 

                                                  マンデー

2018年5月11日 (金)

新入社員に自社が選ばれた理由をご存知ですか?

GWも終わり、通勤電車にビジネスパーソンたちが帰ってきた。休みでしっかりとリフレッシュして意気揚々に見える人もいれば、また仕事かと休みに未練を残しているように見える人もいる。4月から入社した新入社員たちも、つかの間の休息から、また仕事に気持ちを切り替えるのに苦労している事だろう。通勤電車の中で、新入社員と思われる若者の様子を見ていると、スマホに集中している人が大半の中、何か深刻な考え事をしているように見える人に遭遇することがある。ひょっとして仕事がつらいのかな、辞めたいとか考えているのかな、と勝手に心配になってしまう。何しろ、新卒の場合、入社3年目までに約3割が退職してしまうというのである(ちなみに、1年目では約1割が退職する)。時間もコストも掛けて採用した社員が、3年目までに3割も辞めてしまうのだから、企業側にとってはたまったものではないだろう。

ところで、この入社3年目までに約3割が退職するというのは、最近の傾向のように思われがちだが、実は以前からある傾向のようだ。厚生労働省によって発表されている「新規学卒者の離職状況(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000137940.html)」によると、新卒3年目までの離職率は、平成8年(1996年)以降は常に30%を超えている。また、昭和62年(1987年)~平成7年(1995年)の期間も、離職率は約25~30%の間で推移している。つまり、最近よく耳にする「新卒がすぐに辞める」というのは、ここ30年くらい変わらない傾向なのだ。

その間、当然企業は無策でいるわけはなく、この30年の間に変化した環境や新卒者が退職する理由を分析しながら、様々な取り組みをしてきている。それにもかかわらず、個々の会社では改善されていることもあるだろうが、全体として見たら実際には離職率の傾向が変わっていない。ということは、昨今特に言われているような雇用条件や勤務状態が主な理由で、新入社員が辞めるわけではないのかもしれない。

では新卒者は、どのような理由で辞めていくのだろうか。就職・転職に関する口コミ情報サイト「Vorkers(https://www.vorkers.com/)」が発表した、平成生まれの新卒者が入社3年目までに退職した際の「退職理由ランキング(https://www.vorkers.com/hatarakigai/vol_14)」によると、以下のようになっている。

順位 退職理由
1 キャリア成長が望めない 25.5%
2 残業・拘束時間の長さ 24.4%
3 仕事内容とのミスマッチ 19.8%
4 待遇・福利厚生の悪さ 18.5%
5 企業の方針や組織体制・社風などとのミスマッチ 14.0%
6 休日の少なさ 10.0%
7 社内の人間関係の悪さ(上司との関係含む) 8.8%
8 企業・業界の将来性のなさや業績不振 8.3%
9 評価・人事制度に対する不満 7.2%
10 体力がもたない 6.7%
11 体調を崩した 6.2%
12 ワークライフバランスの難しさ 5.9%
13 倫理観のなさ 2.6%
14 その他(結婚、家庭の事情など) 4.9%

 上位5位を見ると、2位に「残業・拘束時間の長さ(24.4%)」、4位に「待遇・福利厚生の悪さ(18.5%)」と勤務状況、雇用条件に対する不満が入っている一方で、1位に「キャリアの成長が望めない(25.5%)」、3位に「仕事内容とのミスマッチ(19.8%)」、5位に「企業の方針や組織体制・社風などとのミスマッチ(14.0%)」と、自身の成長や仕事・職場とのミスマッチに関する内容が入っている。これらは、企業側からしてみると「そんなことはない」と言いたくなる項目かもしれないが、新卒者からしてみると「こんなはずではなかった」ということがあったということだろう。つまり、新卒者が入社前に抱いていた企業のイメージと、実際に配属された職場で抱くイメージにギャップがあり、そのことが不安、不満に繋がって退職を考えるきっかけになっていることがうかがえる。企業側が、そこに有効な対策を打つことができていないとすると、企業側は、退職理由は調査して対策を考えている一方で、新卒が自社に対してどのようなイメージを持ち、どのような期待を持って入社しているかを、良く理解していない可能性がある。実際、新卒者の離職について、多くの企業と意見交換をする機会があるが、退職理由はしっかり把握されているものの、新卒・学生がどのような期待を持って自社を選んでいるのかについて、お話になる担当者はほとんど見かけない。このギャップを埋めることが、実は新卒の離職防止に繋がる有効な対策になるかもしれない。

では、学生側は、どのような考え、理由で企業を選択しているのだろうか。株式会社ディスコ(http://www.disc.co.jp/)が発表した「2018年卒業採用マーケットの分析―就職・採用戦線総括―(http://www.disc.co.jp/uploads/2017/11/2017.11_bunseki2018.pdf)」によると、就職先を決めた学生のうち、当初の志望業界に進めたのは、2割程度に留まっている。

具体的にみると、2016年11月時点の第1志望業界と2017年10月時点で実際に就職先として決めた業界が一致しているのは24.8%に留まっている。しかし、これは単純に第一志望通りに就職できなかった、ということではなく、4人に3人は就職活動中に志望先を変えて「企業を選んだ」とみるべきだろう。

というのも、また、同レポートによると就職活動をした学生の半数近くが個別企業のセミナーにできるだけ参加することを重視し、約4割の学生も学内企業セミナーにたくさん参加することを重視している。その上、今は企業の様々な情報がインターネットで取得でき、個人が得た情報もSNSを通じて容易に共有できる環境が整っている。つまり、学生は個別の企業について可能な限り情報を集め、自分の希望に合った企業を選んでいるのだ。

そして、更に注目すべきこととして、このような情報収集を行いながら就職活動をした結果、最終的にどのような理由で就職先を選定したか、という点である。

同レポートによると、学生の就職先選定について、以下の①、②の時点で調査を行っている。

①就職決定企業に決めた理由(9月)

②就職先企業を選ぶ際に重視する点(1月)

順位 理由
1 安定している                 31.6%   47.6%
2 職場の雰囲気が良い              27.9%   29.8%
3 社会貢献度が高い  27.8%   20.6%
4 仕事内容が魅力的                          25.7%   18.9%
5 給与・待遇が良い                  24.6%   36.7%
6 将来性がある           24.3%   43.9%
7 福利厚生が充実している 22.4%   26.8%
8 業界順位が高い          19.9%   16.8%
9 有名企業である              19.8%   17.8%
10 希望の勤務地で働ける              19.3%   12.9%
11 大企業である                   18.6%   21.5%
12 休日・休暇が多い                  16.0%   24.4%
13 世の中に影響力が大きい         15.7%   13.7%
14 企業理念に共感できる              14.0%   12.7%
15 希望の職種に就ける                  12.9%   5.4%
16 製品・サービスの質が高い     12.4%   9.6%
17 業績・財務状況が良い              11.0%   26.6%
18 優秀な人材が多い               10.4%   7.8%
19 若手が活躍できる     10.4%   5.7%
20 高いスキルが身に付く       9.8%    8.7%

以上の結果を見ると、上位5位では、①と②にともに就職先選定理由の1位は「安定している」であったが、就職活動の初期段階では半数近く(47.6%)が選択したものが、最終的に就職先を決定する際には31.6%まで減少している。他の項目を見ると、「給与待遇が良い」、「将来性がある」、といった項目も、就職活動の初期段階から、大きく減少している。一方で、3位の「社会貢献度が高い」、4位の「仕事内容が魅力的」は、就職活動の初期段階よりも、就職先決定時点の方がポイントを伸ばし、給与待遇や将来性を逆転している。また、他にも世の中への影響力や企業理念への共感なども、就職先選定時点の方が就職活動の初期段階よりもポイントが高くなっている。

これは、学生が、当初は労働条件に関する項目を重要視していたものの、自分でたくさんの情報収集をしたり、個別企業や学内のセミナーやインターンシップなどに参加したりしているうちに、それらよりも自身の価値観や望んでいるキャリア(将来像)とその企業が本当に合っているかを、真剣に見極めて決定したということだ。

見方を変えれば、当初志望先とされていなかった企業も、雇用条件に劣る企業も、自社の強み、魅力のアピールをしっかり行うことで、学生を翻意させることができている、ということでもある。

それにも関わらず、新卒者が3年のうちに前述の理由で退職してしまうということは、一体どういうことか。これは、セミナーなどで学生向けにアピールしてきた自社の強みや魅力、つまり企業としての理念、組織風土、文化、ポリシーといった資産が、実際の現場では損なわれてしまっている可能性が高い。これでは、新卒者が「こんなはずではなかった」と思い退職するのも無理はない。

新卒者の退職に悩む企業は、今まで自社が大事にしてきたはずの理念、組織風土、文化、ポリシーが、現場で損なわれていないか、社員たちが体現できているかを見直す良い機会かもしれない。今回、新卒者の退職理由や就職先を選定している理由を振り返り、改めて企業が社外に発信しているメッセージが、社内においても充分に浸透し実践されていることが、いかに重要なことであるかを考えさせられた。その企業が社外から認知されているイメージ、魅力と、社員自身が周囲から認知されているイメージ、魅力が重なっていることは、その企業を選択した社員本人にとっては、ありたい姿に近づいており、居心地がよく、やりがいを感じる環境にあると言っていいだろう。このことは、単に新卒者の退職を防ぐだけでなく、既存社員を活性化させ、組織力を向上させていく1つの施策にもなる。

職場に新入社員が来て1か月半が経った。新入社員たちと何気ない話をする中で、そもそもなぜ自社を選んだのか、自社にはどのようなイメージ、魅力があり、どのような期待をもって入社したのか、といったことに少し耳を傾け、自分自身がそのようなイメージ、魅力を持っているかを考え、襟を正すのも必要かもしれない。

ヘッジホッグ

2018年4月26日 (木)

観光立国を目指すニッポン、期待される北海道と沖縄の戦略的活用

 かつては、モノ作りで栄華を極めたニッポンですが、製造能力やコスト競争力を武器に急速に台頭する新興国の存在や、高齢化と人口減少に当面は歯止めがかからない状況もあり、今後もモノ作りでの繁栄は厳しいと言わざるを得ず、他の稼ぎ頭を育成することが求められています。金融やITなどの高付加価値型の産業育成に力をいれることはもちろんですが、観光業にも白羽の矢が立てられています。

 ニッポンは自然資源や歴史・文化遺産の宝庫であり、世界でも有数のテーマパークをいくつも抱え、衛生面・安全面でも世界で折り紙付きです。なにより、世界的に観光業が成長していることもありますが、地方の活性化にもつながる産業であることを考えても、ニッポンが観光立国を目指すことは、成功が見えやすいわかりやすい施策だといえます。

 

 現在は国家をあげて世界中からの観光客を誘引すべく、様々な取り組みを始めていますが、ニッポンが観光立国になって行く過程には、いくつかの障壁があると言われています。その中でも「アジア以外からの観光客が少ない」、ということは特に重大な要素で、アジアだけでなく欧米、豪州、中東からの観光客を増やしていかなければ、観光客数の増加にも早々に歯止めがかかってしまうでしょう。

 そのため、東京オリンピックやカジノ、大阪万博などを誘致し、まずはニッポンを訪れるというきっかけを作るということで、わかりやすく効果が見込める様々な施策を講じています。このような世界的なビッグイベントの開催はニッポンを訪れようという強い動機付けだけでなく、世界中にニッポンの様子が配信されることで、ニッポンに興味をもってもらう機会も増大します。また実際に訪日した外国人は、ニッポン国内の様々な観光地、独自のカルチャーや食文化、諸外国と比べて犯罪が少なく清潔で安全な環境など、ニッポンの良い面に触れ、その後何度でも来日したくなるような“ジャパンフリーク”を作り出すことを狙うことになります。

 しかし、「アジア以外からの観光客が少ない」ことの最大の理由として、ニッポンは遠くて辺鄙な場所にあり、渡航するのにとても時間と労力がかかることがあります。欧米中心の世界地図では、右端に記され、そのエリアが「Far East」と呼ばれていることも、日本の遠さを印象づけていることと無縁ではないでしょう。世界の大都市周辺に住んでいなければ、日本への空路の直行便はなく、何度もトランジットしなければ日本の観光地まで到達できないことも、「遠い」というイメージの形成につながっています。この「遠さ」、「渡航の困難さ」というイメージを払拭しないと、世界中から観光客を呼び込めるようにはならないでしょう。

 

 日本の航空行政は、羽田、成田、関西を中心に考えられているので、海外からの渡航客(ビジネス客、観光客)は、まずは東京圏、大阪圏の空港に降り立つことになります。ここから日本中の観光地に散っていくわけですが、同空港はすでにキャパシティオーバーで、来日した観光客を国内に送り届けるための航空路線を十分に発着させることができません。この旅客需要を狙って、香港、台北、北京、上海、仁川などの国際ハブ空港から、日本の地方空港へのルートを整備するLCCも少しずつ増えてきましたが、これもトランジットを増やす要因になっています。例えば北米の地方都市から北海道のスキーリゾートへ向かうとすると、ロサンゼルスなどでトランジットし、成田か仁川を経由して新千歳に降りることになります。トランジットには、すくなくとも2時間程度の待ち時間があるので、3回も飛行機に乗り、2回も待ち時間を過ごすのであれば、ニッポンは断念して手軽に行けるカナダにしようという観光客も多いことでしょう。

 また、羽田、成田、関西からの国内線の不十分な整備により、海外からの観光客消費の60%が、東京・京都・大阪に集中するという弊害も生じています。

 日本が観光立国になるためには、まずは、「遠い」というイメージを払拭できるかにかかっています。「遠くても、時間がかかっても行ってみたい」と考えるのは、一部のマニアックな観光客層で、マジョリティは便利で楽に到達できる場所を目指します。そこで、できるだけトランジットを少なくして、日本の主要観光地に到達できるような仕組みを考えてみたいと思います。

 

 第一に、既存の空港をカテゴリー分類して、新しい空港整備体系を構築します。カテゴリー1がビジネス需要と首都圏や大阪京都圏への観光客需要を賄う羽田・成田・関西空港、カテゴリー2が観光ハブとしての機能を強化する北海道の新千歳空港と、沖縄の那覇空港、カテゴリー3がその他の地方空港という具合です。この観光ハブ化するカテゴリー2を中心として、海外の主要都市や国際ハブからの直行便を積極的に受け入れることにより、他の国際ハブ空港でのトランジットを減らすことを狙います。また、近隣のアジア客の誘因のために、海外の地方空港からのLCCの受け入れも行います。さらに、日本全国の地方空港には、国内LCC網を構築し、国内への移動を楽に安くできるようにし、観光ハブを拠点として日本国内への観光客需要を満たすように整備します。

 ニッポンへの渡航客のほとんどを北海道、沖縄に降ろすこととした場合、現在の両空港の数倍の客数を捌けるよう、新千歳、那覇空港を大規模空港として整備し直す必要があります。すくなくとも滑走路は3本まで増設し、着陸回数を大幅に増強します(現在は、新千歳空港約72,000回、那覇空港約80,000回、羽田空港約224,000回)。遠距離の直行便の離発着に耐えうるように、滑走路の延長、さらに世界最短のトランジット時間を実現できるような誘導路の整備、ターミナルビルや荷物の仕分けシステムの工夫も必要でしょう。もちろん24時間化は必須です。

 これによって、海外からの渡航客のトランジット回数を減らすことができ、これまでの「遠い」「時間がかかる」というイメージのかなりの部分を払拭することができるはずです。

 また、空港内の宿泊施設やショッピングエリアなども建設し、法整備次第ではカジノの併設も可能かもしれません。まさに空港そのものが観光地になり、とてつもない雇用を創出できる可能性を秘めています。

 観光客が減ることになる羽田・成田・関西はキャパシティに余裕ができるので、LCCの活用を前提として、ニッポン全体の最適な空路設計ができ、意図通りに観光客を誘因できれば、地方の観光地や地方空港の活性化にもつながります。

 

 なお、両空港を観光ハブの候補として適切だと考える理由は、両空港ともに拡張の余地がまだまだ残されていること、世界的なリゾート地として有名であり、今後のリゾート開発でも中心的な存在になることは間違いないこと。なにより、地政学的位置が絶妙だということです。世界地図で東アジア諸国の位置関係を見ると、どの国の主要都市(北京、上海、台北、香港、ソウルなど)にも近い位置にあるのが沖縄です。アメリカ空軍が沖縄嘉手納に基地を置くことで、東アジア全体に睨みを利かせている意味もよくわかります。また、北米から仁川や北京、上海への直行便のほとんどは、北海道の上空を通過しています(地球の形状から最短距離を通るため)。北海道を中継点にすることは特に遠回りにはならず、位置的には理にかなっているといえます。

 

 この施策のデメリットとしては、北海道、沖縄の環境悪化、カテゴリー2に選ばれなかった地方との格差が広がるなどの懸念があります。また、北海度エリアは、冬期の積雪で滑走路が閉鎖されることがあります。沖縄エリアは米軍機の離発着が優先であること、民間機が入れない空域があるなど、より多くの発着を受け入れるには、管制方法が難しくなります。

 ちなみに、滑走路の除雪は、雪国では普通に行われている地下水による融雪設備を敷設することで対応できます。米軍との空域交渉は改善の余地はないと思われるので、米軍機の空域をうまく避けるような滑走路設計や管制システムを整備するなどで対応する方向になるでしょう。国家の重点戦略として観光立国を目指す以上、この施策を取り入れるのであれば、創意工夫や技術開発によってこれらのデメリットは早期に解消・妥結したいところです。

 

 この施策は一見したところ荒唐無稽に思えるかもしれませんが、すでに羽田・成田がキャパオーバーで、新規の直行便の受け入れが難しく、LCCを使った移動モデルに対応できる状態にはないこともあり、航空行政を戦略的に見直さないと、年間3000万人の観光客を受け入れることが難しいことは容易に想像がつきます。ニッポンは新幹線網や高速道路網など、世界にも類を見ないほどの交通網が張り巡らされています。それらを観光客が駆使して日本中の観光地を巡って楽しんでもらうためにも、効率的にニッポンに来てもらう方法を考えることは、その第一歩であると考えます。

 

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