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2019年6月11日 (火)

従来型マネジメント手法で「ゆとり世代」の力を引き出すことができるのだろうか?

 2018年春にゆとり世代といわれた新卒者が社会にデビューしてきました。ゆとり世代は、俗に言う「ゆとり教育」の最も「ゆとり」があったとされる時期に教育されてきた層で、これから8年間継続して社会にでてくることになります。

 ゆとり教育とは、知識量偏重型の教育方針を是正し、思考力を鍛える学習に重きを置いた経験重視型を基本として、学習時間とカリキュラムの内容を減らし、ゆとりある学校を目指して鳴り物入りで導入されました。しかし、時間的な拘束の緩さや学問の理解に無理のあるような極端すぎる緩和によって、学力の低下懸念だけがクローズアップされ、批判の的になりました。その後批判に耐えられなくなった文科省が見直しを決め「脱ゆとり」を図ってしまったため、実際の効果は検証できぬままとなってしまいました。

※ゆとり世代がいつからいつまでなのかには諸説があります。段階的に詰め込み教育の緩和が行われてきためですが、一般的にはカリキュラムの緩和が一気に進んだ、2002年度から2010年度にゆとり教育を受けた1996~2003年生まれの世代を指すことが多いようです。

 

 「ゆとり教育」の本来の狙いは、「生徒自身で考える力を養うこと」にありました。それ以前の詰め込み教育では、大学入試の突破を目標に、暗記メインで「とにかく知識を増やすための指導」を行ってきました。それにより試験の点数の平均は上昇しましたが、暗記したことをすぐに忘れてしまったり、詰め込み過ぎで授業についていけない子どもが増加したりなど、様々な問題がありました。「受験戦争」等の言葉も生まれ、少しでも偏差値のよい大学に入学することが正義だと言われた時代でもありました。

 この反動として、「生徒が自分で考え、学習内容を正しく理解して覚えられる」ように、詰め込まれていたカリキュラムを精査し、授業に余裕(ゆとり)を持たせるような教育が求められ、「脱詰め込み」を目指して学習指導要領の改訂が行われました。授業時間の削減、休みの増加が図られ、ゆとりある学校生活に変わり、2002年度では、生徒が自発的に学習を行う「総合的な学習の時間」が導入されるなど、より思考力を養うための学習内容に改訂されました。

 その結果、実際に、子どもが自ら考える力が向上し、それぞれの個性を伸ばすことができたなどの声が一部の識者から挙がりました。しかし、ゆとり教育導入後に「国際学力テスト」の日本の順位が下がったなどとして、「ゆとりを持たせたことで学力が低下した」との批判の声も少なくありませんでした。その結果、2000年代後半にゆとり教育での授業内容や授業料を改めた「脱ゆとり教育」が掲げられるようになります。そして脱ゆとりをテーマとした新たな指導要領が、2011年度(小学生)から実施され、現在に至っています。

 

 ゆとり教育を受けた世代(俗に言う)「ゆとり世代」の弊害としては、「仕事よりもプライベートを重視する」、「対人コミュニケーションが不得意」、「指示がないと自分から動かない」、「挫折から立ち直れない」、「物欲がなく、物への執着が薄い」、「恋愛や結婚への興味が薄い」などが挙げられていますが、確たる評価が固まっているとはいえません。特に、「ゆとり世代」がビジネスの世界に本格的入ってくるのはこれからなので、本質的な検証が始まったばかりといっていいでしょう。

 ゆとり教育の本来の目的が達成されていたとすれば、「考える力」が向上した人材が育まれているはずであり(それ以前の詰め込み型で教わった世代は、考えるよりも憶えることに長けた人材であり、考える力の不足、応用が効かないなどが指摘されている)、そういう意味では、「ゆとり世代」こそが、これからの時代に必要な能力を持っている可能性を秘めています。

 

 さて、これから続々と「ゆとり世代」を迎えることになりますが、受け入れる側の企業はどのように接していくべきなのでしょうか?気になるのは、現在のマネジメント層は従来型の教育方法で育成された人材集団であり、旧来型の価値観による職業観、働くことの精神論や手法によるマネジメントしか経験したことがないという点です。また、これまでのマスコミ報道などから、どうも「ゆとり世代」は問題が多いらしい・・・、という考えが定着しつつあり、無意識に「ゆとり世代」を否定する考えが定着している可能性があります。下手をすると「ゆとり世代」の持っている能力や個性をつぶしてしまうことも考えられます。

 現在はVUCAだと言われています。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとったものですが、正に安定したものが何一つないような時代のことを指しています。このような時代においては、予めやるべきことを決めてそれを遂行することが求められるような従来型アナログ的マネジメント(いわゆる個々の価値を平均化した総和による組織価値向上)では通用しません。高度な柔軟性と迅速性を持った個人によるパンデミック的な価値向上が、組織全体をグイグイ吸引していくような圧倒的な組織価値向上につながっていくような、その場の状況に合わせて“考える”コミュニケーションを誘発させるようなデジタル的マネジメントが必要です。

 

 今のビジネスの世界は、これまでにない大きな環境変化に直面しています。働き方改革や、ビジネスそのものの急速なデジタル化によって、労働環境だけでなく労働に対する考え方まで大きく変わりはじめました。そして追い打ちをかけるように、全く新しい教育価値の中で育ってきた「ゆとり世代」の登場で、さらに揺れることでしょう。これまでは、企業への帰属時間(労働時間)の対価として報酬を得るという考え方でしたが、あらかじめ合意した期待される価値の提供や発揮によって報酬を得るという考えが導入されつつあります。この流れは一過性のものではなくグローバルではスタンダードになりつつあります。

 

 時代は、現在の管理職に対してマネジメントへの意識と手法を大きく変えることを求めており、実は、従来型の詰め込み教育を受けてきた世代にこそ大きな変化を求めているのかもしれません。

ものの本によれば、今後10年の間に、ITによって1人のマネージャーが世界中に散っている100人以上の部下の能力を引き出すマネジメントを行うようになる、そのようなマネジメントスキルと持った人材だけがマネージャーと呼ばれ、高給で処遇されるようになる、とありました。人間は誰でもこれまで慣れ親しんだものを捨て去るのは得意ではありません。しかし、働き方改革後の新しい就業パターンに対応するマネジメントや「ゆとり世代」に代表される新しい価値観を持っているであろう人材群に対しては、これまでのリアルさに頼るマネジメントから脱却する必要があります。いつも顔を合わせなければマネジメントはできないということであれば、到底100人以上のマネジメントはできないでしょう。

 ゆとり世代の登場は良い機会です。本当のダイバーシティをめざし、様々な個性をもった人材から最大の能力を引き出す本当の意味でのマネジメントスキルをもったマネージャーが求められるタイミングなのでしょう。

 

マンデー

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