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2019年3月 4日 (月)

SNS興隆時代、情報の快楽に溺れないために

インターネットの発展により我々は、容易く国境や、属性を越えて、人と関われるようになった。その繋がりやすさを加速させたのは、Facebook、Twitter、TikTokのようなSNS。これらに共通しているフォローという機能により、我々は、自分と共通点のある人物や、好きな著名人やコミュニティを、フォローし、自分にとってメリットのある情報のみを、簡単に取得できるようになった。

一方で、自分が不要だと判断した情報や、批判的な人物からの情報も、いとも簡単にブロックできるため、結果として、自分にとって居心地の良いコミュニティや情報のみに囲まれているとも言える。

こうしたネット上のコミュニティ内で意見を発すると、当然好意的な反応や同調のみが起こる。まるで自分の声が反響し、さも大多数に、同調されているかのように意見が強化されるような状態は「エコーチャンバー(共鳴室)」とも例えられている。また、自分が発せずとも、そもそも同じ価値観の人間が多いコミュニティのため、誰かのメッセージもまるで大多数が自分と同じ思いを抱いているような感覚に陥ることすらある。

こうした状態は、自分にとっては、とても心地よい状態だが、こうした「快」に浸り過ぎていると正しい情報の見極めができなくなり、目の前の情報や、自分が発する情報が本当に価値のある良い情報かどうかが、判別できなくなる恐れがある。

実際に、上記のようなネットのコミュニティでは、フェイクニュースや偏った思考もひとたび共感を示す輩が表れると、そのコミュニティ内では、そうした情報を正しいものだと自分の意見のように信じ込み、一気に拡散してしまうことがあると言われている。

筆者がSNSを使い始めたのは、大学生の頃であるが、今後は物心ついたころからSNSを使っている世代も増えていく。こうしたWEB上でのコミュニティによる人の繋がりは、より当然のものになるであろう。注意すべきは、この「快」に浸り過ぎることなく、常に自分をニュートラルに保つことだ。

そのためには、敢えてアナログに一次情報を取りに行く習慣をお勧めする。自分が興味を持った分野の第一人者や、職場の上位者でも、ショップの店員でもよい。面と向かったコミュニケーションで、その道のプロと会話をし、自分の心が動いた、その感覚を大事にすることだ。

大抵の場合、一次情報を取りに行くのは手間である。待っていれば、いつか誰かがまとめサイトやTwitterで情報を流してくれるかもしれない。しかし、直接情報を取りに行く手間と、自分の身体を動かして捉える経験の機会を敢えて作ることは、「快」を求め過ぎてきた現在の情報社会における価値ではないだろうか。また、そうした感情を伴う経験は、長期的にも記憶されやすいとされており、自身の学習面から見てもメリットがある。

いつの時代も、事実は一つだが、解釈は無数にある。

誰かの解釈に振り回されて、心地よさを得るよりも、事実を拠り所に、自分をニュートラルに保つことこそが、このSNS興隆時代に必要な「快」なのではないだろうか。

KM2